STEM教材 STEM教育

Eを学ぶために有用な環境

 STEM教育をやりましょうというのに,Eは外せない項目となっています.それは,STSの時代で言えば T(テクノロジー)だった部分が,E(エンジニアリング)にコンバートされたから,とも言えますが,基本的にはEはSTEMをやっているどこの国にとっても新しいものだからというのが,大きなポイントでしょう.
 特にEを取り入れるにあたって,Tとの棲み分けをきちんと定義したというのが,STEM教育改革を理解する上でも重要なポイントとなっています.
 その定義の話は,別の記事でも書いているので,そちらを参照していただくとして,ここでは「どういう文脈でSTEMを教えるか」ということに焦点を当ててみることにします.これについては,過去の論文にまとまっていますので,下記リファレンスから,本文は確認してください.

80s Before Nation at Risk

 Nation at Riskは80年代の初頭にアメリカで発刊された報告書で,日本語にも訳されています.「危機に立つ国家-日本教育への挑戦」.アメリカでこういった大きなレポートが作成する前段階には,どうやら小委員会が開催されていて,そこでの議論を踏まえて,最終的にまとめとなる大きなレポートが作成されるという仕組みがあるようですね.

 そうしたなかでも,NSBの「Educating Americans for the 21st Century: A plan of action for improving mathematics, science, and technology education for all American elementary and secondary students so that their achievement is the best in the world by 1995」(National Science Board Commission on Precollege Education in Mathematics, Science and Technology, 1983)という文書は,エンジニアリングの語でなくテクノロジーの語を使ってはいるものの,その Exhibit B Suggestions for Course Topics and Criteria for Selection(pp.92-103; )において,Eを学ぶための有用な環境について,触れています.

テクノロジーの概念を学ぶためのシステム

  • 通信・輸送(Communications,transportation)
  • エネルギーの生産と保全及び資源管理 (Energy production and conservation resource management)
  • シェルター,居住目的での空間の利用 (Shelter,residential use of space)
  • 食糧生産,健康福祉の派遣,安全 (Food production,health care delivery, safety)
  • バイオテクノロジー,核問題 (Biotechnology,nuclear issues)
  • コンピューターとその適用 (Computers and their applications)

 これらのリストを観ると,いわゆるイシューズと言われているような,科学技術の社会問題に関連したシステムを用意して,そこでテクノロジーの学習を成立させようとするSTSの影響を受けた記述が見て取れる.

 この時点ではテクノロジーの授業をどのよう にカリキュラムに取り入れていくかについては,新しいコースをつくる General(一般的)なやり方と,既存のコースを変更するInfusion(導入的)なやり方等が混在しており,結論は得られていなかったと見られる.

齊藤(2018)

Educating Americansに向けた小委員会

 ただし,同「Educating Americans…」には,作成の前段階でNSFが開催したエンジニアリング諮問委員会の特別小委員会がまとめた「Integrating Concepts of Engineering and Science into Instruction in Grade Levels K-12」(Mulligan Jr. 1983)という報告書がありました.

  • 小委員会は, 実践的な適用を含め,教育課程全体を通じた,多くの教科のコースにおいて,エンジニアリングの概念と,それらが科学や数学の教材に統合されることを重視 すべきである.

  • このアクションは,大学に進むまでの間に,数学・科学・ エンジニアリングのキャリアに進むことを望む生徒が増えることだけでなく,全ての卒業生が12学年までの間に一般的な技術リテラシーに到達する教授が完了され ていることを確認する.

  • 推奨された教材を示すために,分離されたコースを利用すべきではなく,代わりに概念やその適用は,既存のコースを変更することで導入されるべきである.

Mulligan Jr. 1983

 こちらの方が, 前述の報告書(Educating Americans)中での説明よりも,はっきりと Infusion(導入的)アプローチを示唆しているが,当時は報告書作成に当たって片方が採用されることはなかったことが考えられる.すなわち,この時点で分離したコースを提供するのか,既存のコースを変更するのかは決定されなかったことを示すもう一つの証拠である.ただし実際は,後にテクノロジーについて,科学やエンジニアリン グとは別にスタンダード作成が進んでいくことになる.

齊藤(2018)

 ということで,Educating Americansの前段階でのNSFのエンジニアリング諮問委員会・特別小委員会における主張は,30年の時を経て,NGSSに具現化されているということですね.ただ,その間ずっと無視し続けられていたわけではなく,以下のように議論は進んでいきます.

80s Before Science for All Americans

 80年代も後半になると,1985年に米国科学振興協会(American Association for The Advancement of Science: 以下AAAS)が始めたProject 2061における第一段階(Phase I)の報告書「Science for All Americans」(邦訳:すべてのアメリカ人のための科学)が1989年にまとまります.

 このPhase I 報告は,その前に小委員会(パネル)があって,それぞれのパネルレポートが書いていることをもとに,まとめられたものになります.その中でも「物理学・情報科学・エンジニアリングパネル」の報告書では,以下のような記述があります.

学校の教育課程は,エンジニアリングの本質,方法,そして影響につ いての理解を,科学とは分離されてはいるものの,密接に関係づけた活動として,提供する必要がある(p.7)

Project 2061 by AAAS Phase I: 物理学・情報科学・エンジニアリングパネル

 ここまで来ると学校で扱うことも意識されているし,統合(Integration)のアイデアもより具体的になってきています.物理学と一緒にパネルにしてくれたことが奏功したのか,科学とは「分離」しておかないと難しいよね.という理解は,この時点でも確認できます.逆に言えば,「どうやって統合するの?」という部分でのアイデアが固まっていなかったとも取ることができましょう.

”doing science”あるいは簡単なエンジニアリングの概念を学校に持ち込むにあたっては, ”観察”と”測定の仕方”について学ぶこと,現象の抽象化すなわちモデルについて学ぶことは,重要な2つの部分である.

同 物理・情報・エンジニアリングパネル

(観察と測定の仕方の” ”は, 英語の表現に合わせて便宜的に著者が付した)

 この辺りから,もっと詳しく「授業」の形についても,言及されています.観察と測定,抽象化とモデリングによって,科学や数学との統合を図っていく方向性もこの辺りから見て取れます.

したがって,応用数学は科学とエンジニアリングの接続詞として(あるいはその反対の形で)学校においては学ばれるべきである.

同 物理・情報・エンジニアリングパネル

物理科学・情報科学・エンジニアリングをエレメンタリー,セカンダリーの学校で教えるというタスクは,これらの教科の全ての側面に共通する概念やテーマに焦点を当てることによって促進され得る.しばしば,物理・情報科学,そしてエ ンジニアリングが他の領域に提供する基礎的な視点として,こうした共通点は生命科学や社会科学にまで拡大する.事実,伝統的な学問分野に依存したアプローチへの代替として,エンジニアリングだけでなく全ての科学を学際的な方法で,共通のテーマや一般的な概念とそれらの伝統的な学問分野における意味に焦点を当てることで教えることを目論むことができる(p.12).

 というように,それぞれの分野の関係性と,それを共通する概念やテーマに焦点を当てることで統合を成していこうとしていたことが,これらの記述から見て取れます.また,それがエンジニアリングが他の領域に適用する基礎的な視点であることも,ここで確認できました.

National Science Education Standards

 ここまでくると,もはやエンジニアリングはNGSSにおいて突然出てきたものではなく,実はそれ以前のスタンダードにも共通して含まれてきたことがわかってくる.例えば,一つ前のスタンダードであるNational Science Education Standardsの記述を見てみましょう.

 NSESの多くの事例において示されている(NRC, 1996: p.107, 135, 161, 166, 190),これらの中には,障害(constraints)を持った解決策のデザイン(Designing a Solution ; Grades K-4, NSES: p.135)等,SfAAから NGSS (Appendix I)を通じて示されているアイデアも同様に含まれている.NAE(2010)によれば,これらは,科学的な活動におけるエンジニアリングの役割の包括的な 描写を付け足してはいないが,エンジニアリング の重要性を認めることを示唆している.
 例えば NSESには以下のような表現で,科学と技術のス タンダード(Science & Technology Standards ) の重要性が示されている.

 このスタンダードは二つの等しく重要な部分を含んでいる.それは,児童・生徒の技術的デザインの能力を開発するこ とと,児童・生徒の科学と技術に対する理解を開発することである.これらは科学教育のスタンダードであるが, 科学と技 術の関係性は, 技術についての理解を抜きにしたいかなる科 学の表現も不適切な科学の描写となるだろうほどに非常に 密接なものである(p.190).

こうした記述を見ると, NSESの記述はかなりSTSの影響を受けながらも, デザインをその重要な一部として定義していたことが分かる.

齊藤,2018

さらに

 表6.5における科学とテクノロジーのスタンダードは, 自然 とデザインされた世界とのつながりを確立し,意思決定の能 力を開発する機会とともに児童・生徒に提供される. これらは,テクノロジー教育のためのスタンダードではない.むしろ,これらはデザインの過程に沿った能力と,科学の営みとその テクノロジーへの多様なつながりについての根本的な理解を強調する.
 探究としての科学のスタンダードにおいて開発される能力の補助として,これらのスタンダードは,問題を同定し述べる能力,(コスト,リスクと利益の分析を含んだ)解決策をデ ザインする能力,解決策を実施し,評価する能力等を開発することを児童・生徒に求めている.
 探究としての科学は,デザインとしてのテクノロジーと併行である.どちらのスタンダードも,児童・生徒の能力の開発を強調している(pp.106-107).

などの記述もあり,科学の一形態としてのエンジニアリングを他のスタンダードと絡めて構築していくスタイルは,歴史を通じて構築されてきたことが見て取れる.

まとめ

 ということで,ここまで歴史的アプローチで振り返ってきたうえで,ここからが私のオリジナリティですが,「日本には既に技術の時間や総合的な学習の時間など,STEM/STEAMを扱うことのできる『分離された新たなコース』が存在する.これがアメリカとの大きな違いであり,そういう日本は何ができるのか,これによって大きく変わってくるであろう」という示唆が得られました.

References

  • AAAS (1989): Science for All Americans, Oxford University Press, 訳: 長崎ら, 邦題: 全てのアメリカ人のための科学 (2005).
  • Mulligan, Jr.(1983): Integrating Concepts of Engineering and Science into Instruction in Grade Levels K-12 in Educating Americans for The 21st Century, A plan of action for improving mathematics, science and technology education for all American elementary and secondary students so that their achievement is the best in the world by 1995 “Source Materials”, The National Science Board Commission on Precollege Education in Mathematics, Science and Technology, National Science Foundation, Washington, D.C. 20550
  • The National Science Board Commission on Precollege Education in Mathematics, Science and Technology ( 1983 ) : Educating Americans for The 21st Century, A plan of action for improving mathematics, science and technology education for all American elementary and secondary students so that their achievement is the best in the world by 1995 “Source Materials”, National Science Foundation Washington, D.C. 20550
  • NGSS Achieve(2013): Next Generation Science Standards, for state, by state
  • 齊藤智樹(2018)Eはいかに強調されたか-米国STEM教育改革におけるE(エンジニアリング)の扱いについて-,科学研究費補助金基盤研究(B) 課題番号: 16H03058 “日本およびアメリカにおける次世代 型 STEM 教育の構築に関する理論的実践的研究”平成 29 年度中間報告書, 研究代表: 熊野善介 pp.45-68

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