遺伝子の旅はどこまでいくのか。
人間の脳を発達させる要因とみられるマイクロセファリン(MCPH)遺伝子の複製を、アカゲザル11匹に移植することに成功。
ヒトの脳を発達させる遺伝子、サルへの移植に成功。「非常に危険な道」と物議 ハフポスト
いよいよ,遺伝子のレベルで移植されるという時代がやってきた。本文では,”「猿の惑星」が現実になる日も近い?”と煽っているけれども,実際のところどうなのでしょう?
元記事が参照している新井先生(2009)は,人間の進化の緩やかさと,発展の急激さを以下のように書いている。
人間の進化のスパンは長くゆっくりとしていてその99.99%は狩猟採集時代であり,0.01%のさらに最後の1万年足らずの間に,古代都市の出現,文明を発展させ,産業革命を経て,原子力を手に入れ,宇宙まで進出するに至った。
…中略…
古代都市の建設など,これらの現代人の進歩は進化によるものではない。潜在的にDNAに組み込まれたプログラムで動いているものも多いが,言語を進化の過程で獲得したことが引き金となって,文化の進歩,宗教,科学の進歩につながったと考えられる。
言語の獲得に関しては声帯を含めた喉などの構造的な進化が問題であるが,最近言語障害のある家系が見つかり,しゃべるための遺伝子が見つかり問題になっている。その一つがFOXP2遺伝子群でマウスからヒトまでに存在する遺伝子であるが,その中の2箇所,303と325の位置のコドンがマウスからチンパンジーまで同じでスレオニンなのにヒトではアスパラギン酸,もう一つのコドンではチンパンジーまではアスパラギン酸であるのに,ヒトではセリンと異なっていることが明らかになった。
「脳の進化と文化」(新井, 2009)
今回の実験で移植に成功したといわれているのは,脳の大きさを制御している遺伝子「マイクロセファリン(MCPH)」であり,上記新井(2009)も,代表例として言及している。マイクロセファリンは小頭症の発症に関与しているとみられ,その遺伝子の端が欠けている場合に起こるらしい。
ところで,脳の大きさと賢さは比例するかというと,そうでもない。脳科学者の池谷先生は,その書籍の中で以下のように言及している。
人間は進化の過程において最終的な産物というか、進化系統の頂点にいると思うでしょ?その考え方を拡張すると、人間こそもっともすぐれた脳を持っていると考えがちではないかな。…中略…大きさだけで言ったらイルカがヒトよりも大きな脳を持っている。ほかにも、ゾウやクジラなどの方が、人間より脳が大きい。
この流れで,池谷先生は人間の賢さを作っているのは,実は体,身体ではないかということも言っていて,5本の指が6本になったらとか,何か別のデバイスが脳に接続されたら?といったようなことも考察されている。
今回の場合,脳を大きくするのは身体的には人間によく似たサルであるし,また実際に”一般のサルに比べて短期記憶や反応時間が優れていた”らしいから,あながちないとは言えないものの,新井先生も言及されている言語の獲得に関わる”303と325 ”番のコドンが,実際どうであるかというのが,やはり直接的には関係してくるのではないかと,私は考えている。
一方でですが,今私たちが考えている「知性」の定義を超えたところで,こういった生命が意味を見出してくる可能性はないとは言えませんが,その辺りはまた別の機会に。